会社に損害賠償請求をしたい/提示された賠償額が妥当かわからない
1 はじめに
労災保険から療養補償(治療費)、休業補償(休業損害)、障害補償(後遺障害の逸失利益)の支払いを受けても、それは被災者の被った損害の一部であり、慰謝料などの支払は労災保険からの支払いには一切含まれていません。
労災保険給付以上の請求は出来ないと判断される方や労災保険給付により労災事故対応は終了したと判断する会社が見受けられますが、これは全くの誤解です。
会社は、労働者に対する安全配慮義務を負っており、労働者の健康と命を労務作業中の危険から守る義務を負っています。
そのため、労災事故の原因によっては、会社に安全配慮義務違反が認められ会社に対する損害賠償請求が可能な場合が存在します。
特に、不幸にも被災者が亡くなってしまった場合や重傷を負ってしまった場合には、ご自身やご家族の生活が立ち行かなくなってしまう虞があります。労災保険からは支給されない死亡慰謝料や後遺障害慰謝料、逸失利益額は、負傷の程度にもよりますが数百万円~数千万円となる場合も多いため、労災保険給付とは別に損害賠償請求が可能かしっかりと確認するようにしましょう。
2 請求の相手方
労災事故が発生した場合に損害賠償責任を負うのは、必ずしも被災者との間で直接の労働契約にある使用者(例:会社)だけではありません。
労災事故発生状況や労務状況にもよりますが、以下の者に対する損害賠償請求も可能な場合があります。会社に賠償資力がある場合には問題ありませんが、会社に賠償資力がない場合には会社と併せて以下の者に対する賠償請求も検討する必要があります。
(1)使用者(会社)の代表取締役、取締役等の役員
会社の取締役は、会社がその業務を行うに際して遵守すべき法令に違反せず、法令に従った業務執行が行われるよう管理、監督し、違反行為を認識した場合には直ちにそれを是正すべき義務を負っています。
また、代表取締役は対外的に会社を代表し、対内的に業務全般の執行を担当する職務権限を有する機関であるため、善良な管理者の注意をもって会社のため忠実にその職務を執行し、会社業務の全般にわたって意を用いるべき義務を負ってます。
このように、会社の役員は、会社に法令を遵守させる義務を負っているため、労災事故が労働安全衛生法等の法令で求められている安全対策違反により発生した場合、かつ、当該違反について役員に悪意又は重過失が認められる場合には、役員に対する損害賠償請求を行うことも可能です。
実際に当職が解決した事例においても、会社の役員に対して損害賠償請求し、会社と連帯して賠償金の支払義務を認めてもらった事例が複数存在します。
(2)元請事業者
元請事業者と下請事業者が共同して作業を行っている際に労災事故が発生し、下請労働者が負傷する場合があります。
この場合、原則として下請労働者は下請事業者の労働者であり元請事業者の労働者では無いため、元請事業者に対して安全配慮義務違反を根拠として損害賠償請求を行うことはできません。
もっとも、元請事業者と下請労働者との間の指揮系統や機器等の貸与の有無、その他作業方法の監督状況などの事情を考慮して元請事業者と下請労働者が「実質的な使用関係」または「直接的または間接的指揮監督関係」が認められる場合には、元請事業者に対する損害賠償請求が認められる余地があります。
なお、業務遂行に際して、元請労働者の故意または過失により発生した労災事故の場合には、上記使用関係等が無くとも元請事業者に対して、使用者責任に基づく損害賠償請求が可能です。
(3)派遣先
派遣社員は、あくまでも派遣元の労働者であり派遣先企業との間で直接の雇用関係にはありません。
もっとも、派遣先は、派遣労働者を自らのために労働に従事させ、派遣労働者に対して指揮命令を行っているため、派遣先に対する損害賠償請求が可能な場合があります。
(4)出向先
出向とは、労働者が自己の雇用先(出向元)に在籍したまま他の企業(出向先)の従業員となって、当該出向先の業務に従事することをいいます。派遣労働者の場合と異なり、当該労働者は、出向元・出向先のいずれとの間でも雇用契約が成立し、二重の雇用関係が生じていると整理されています。
出向労働者は、出向先で労務を提供し出向先の指揮命令に復しますので復興先に対して安全配慮義務違反などの責任を追及することが可能です。
他方で、出向元も出向労働者の雇用者ではありますが、実際の労務提供先が出向先であることや指揮命令権が出向先にあることが通常であるため、出向元に対しても責任追及ができるかは慎重な判断が必要です。
3 責任追及の法的構成
労災の被災者が使用者(会社)に対して損害賠償請求を行う際の主たる法的根拠としては、以下の2つが考えられます。
① 不法行為責任および使用者責任(民法709条および715条)、
② 安全配慮義務(労働契約法5条等)違反を理由とする債務不履行責任(民法415条)
(1)不法行為責任および使用者責任
不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求が認められるためには、①使用者の故意・過失、②権利侵害、③損害の発生及び額、④損害との事故との因果関係の立証が必要です。
このうち、責任の有無を巡って上記①使用者の故意・過失が争いになる事案が多いです。労災事件における「故意」とは、使用者が労災が発生し労働者が負傷することを認識認容していることを指し、「過失」とは、同負傷の予見可能性を前提とした結果回避義務違反を指すと考えられています。
一般に「故意」が認められる事案は少ないと思われるため、当該労災事故を予見でき、かつ、結果を回避することが容易であったこと=「過失」が認められることを推測させる事実を丁寧に主張・立証していくことになります。例えば、機械に本来付けるべき覆い・囲い・カバーなどの設置がなされていなかった場合には、当該機械の取扱説明書の表記や同設置義務に関する業界内の研修、同種事故発生の有無などを確認し、同事実関係に基づき予見可能性を主張することなどが考えられます。
上記は、基本的には被災者が一人での作業中に負傷した場合を想定していますが、他の従業員の不注意によって負傷した場合等には、使用者責任(民法715条)に基づく損害賠償請求を行うことが考えられます。
使用者は、労働者を雇い利益を得ているにも拘らず事故発生時の全責任を労働者に負わせることは不均衡であるため、法律で定められた要件を満たした場合には加害行為をした労働者の使用者に対する責任追及を行うことが認められています。
(2)安全配慮義務違反
使用者は「労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする」義務(労働契約法5条)を負っています。
もっとも、使用者の義務は「必要な配慮」と極めて抽象的な表現に留まっていますので、労災事故において安全配慮義務違反が認められるか否かは具体的な事故状況や事故原因、被災者の従事していた業務内容、作業環境、地位、経験等を子細に分析する必要があります。
その際に、最も有益な法律が「労働安全衛生法」及び「労働安全衛生規則」になります。同法は、職場での労働者の安全と健康の確保等を目的として、使用者に様々な義務を具体的に課しています。具体的な義務内容については、コラムにおいて掲載しておりますのでそちらをご覧ください。
使用者に対する損害賠償請求が認められるか否かは具体的な労災事故状況をお伺いしてからでないと判断できませんので、ご不安な方はまずは弁護士まで無料相談をお申し込みください。
なお、労働基準監督署が災害調査を行い、その結果、法令違反があるとして是正勧告などを会社が受けた場合や、警察・検察が捜査をして会社や担当者が刑事処分を受けた場合は、高い確率で会社に対して安全配慮義務違反を追及することが可能です。
4 請求できる主な損害
労災事故により負傷した場合、以下の損害を使用者に請求可能です。なお、下記以外にも請求できる費目はありますので、請求可能な損害内容を正確に把握されたい方は、ご遠慮なくご相談ください。
(1)入通院慰謝料(傷害慰謝料)・死亡慰謝料
入通院慰謝料は、労災事故発生により通院を余儀なくされたことなど被災者の被った精神的・肉体的苦痛による損害(非財産的損害)をてん補するものです。
入通院慰謝料は、裁判所において使用している基準が存在し、治療期間や負傷内容、入院の有無などにより異なる金額が設定されています。
基本的には同基準に従い画一的に慰謝料が算定されますが、使用者に著しい不誠実な態度が見られる場合や生死が危ぶまれるほどの重傷を負った場合、その他特別の事情がある場合には基準額以上の慰謝料を請求できる場合があります。
また、死亡慰謝料についても裁判所は亡くなった方の年齢や家族内の地位等に応じて一定の基準を設けていますので、原則として同基準に従い死亡慰謝料を請求することになります。
(2)後遺障害慰謝料
治療により負傷が完治すれば問題ないですが、残念ながら完治せず一定の症状が残存してしまう場合があります。この症状を後遺症といい、程度において後遺障害等級が定められています。治療終了後に、労働基準監督署において後遺障害等級が残存する旨認定された場合には、認定された等級に応じた後遺障害慰謝料を請求することが可能です。
後遺障害慰謝料は、入通院慰謝料に加えて別途請求できる慰謝料であり、金額も一番低い等級が認定された場合でも110万円、一番重い等級が認定された場合には2800万円もの金員を請求することができるため、後遺障害の認定の有無は極めて重要です。
(3)休業損害
労災事故による負傷のため欠勤を余儀なくされ、その結果給料が減ってしまう方も多いかと思います。このような損害を休業損害といいます。
労災保険からも一定の休業損害が支給されますが、同支給では休業損害の全額をカバーすることができないため、別途使用者に対して不足している休業損害を請求する必要があります。
(4)逸失利益
治療終了時までの減収については上記の休業損害として使用者に請求することが可能です。
もっとも、労災事故で後遺障害が残存してしまった場合、今後も仕事をして稼ぎを得ることができたのにそれがしづらくなった又はできなくなったという事態が生じます。このような将来の減収分を「逸失利益」といいます。
逸失利益は、被災者が後遺障害が無ければ今後得ることが出来た収入を算定した上で、後遺障害等級に応じて設定された所定の労働能力喪失率及び定年までの年数を掛けて算定します。ただし、将来の減収分について一括して受領することになるため、中間利息控除という一定の減額処理が行われます。
このように、逸失利益の計算は将来の減収額を計算するものですので休業損害と比較して複雑な計算が必要です。後遺障害等級の認定を受けたもののいくら請求できるのか分からないという方は、まずは弁護士へご相談されることをお勧めします。
(5)交通費
労災事故による負傷の治療のために要した交通費も使用者に請求することが可能です。
ただし、タクシーを利用した場合には、公共交通機関ではなくタクシーを利用する必要性があるのか問題となる虞があります。
また、タクシー利用や駐車場利用等については、領収書が無ければ代金を証明することも困難なため利用時は必ず領収書を保管してください。
(6)付添人交通費・付添看護費用(入院付添費・通院付添費・自宅付添費)
被災者のご家族が入通院に付添看護している場合には、事情によってはご家族が付添に要した交通費や、付き添いのために会社を休まなければいけなかった場合の減収分などの請求が認められる可能性があります。
ただし、被災者が足を骨折していて独力では通院が出来ないなどの事情が必要であり常にこれらの費用が認められるとは限らないことには注意が必要です。
その他にも、被災者が重傷を負ってしまい施設への入居や自宅の改造を余儀なくされた場合等には、将来介護費や自宅改造費が請求できる可能性があります。
5 さいごに
被災者やご遺族が自ら勤務先である会社と交渉することは難しいものです。
また、会社に義務違反が存在するのか否か、損害額がいくらになるのかについては専門的知識が要求されるところ、顧問弁護士を有する会社と一個人では知識量で太刀打ちできないことも多いです。
ただでさえ、事故により肉体的な負担を負っているところ会社に対する損害賠償請求まで行うことは精神的に負担に感じる方も少なくありません。
当職は労災事故の解決に力を尽くし、これまで多くの労災事故を解決してきました。会社に損害賠償をしたいと考えている方は、まず、損害賠償請求が可能か否かを含め、ご相談いただけると幸いです。