会社が労災隠しをしている/会社が労災手続きをしてくれない

1 労災隠しとは

労働者が業務中や通勤中に負傷し、又は中毒や疾病にかかったことにより、休業もしくは死亡した場合、事業者は、遅滞なく労働基準監督署に対して「労働者死傷病報告」を提出することが義務付けられています(労働安全衛生法100条1項、労働安全衛生規則97条)。労働安全衛生法が事業者に対して同報告を義務付けているのは、労働基準監督署が当該報告により、労働災害の発生原因等を一早く把握、分析し、当該事業者に対して同種災害の再発防止対策を確立させることはもとより、事後の労働基準行政の推進に資するためであり、労働災害の発生状況等を正確に把握することは労働災害防止対策にとって極めて重要であると考えられています。

しかし、労災発生が発覚した場合には労災防止を徹底していない企業である旨判断され企業の印象を損ねることや労災保険料が増加してしまうこと、労災保険への申請手続きが面倒であることなどの理由から、故意に労働者私傷病報告書を提出しない、または虚偽の内容を記載して提出することがあります。

このような行為を「労災隠し」といいますが、労災隠しは上記法律上の要請に真っ向から反する行為であるため厳しく取り締まられ、50万円以下の罰金に処せられる可能性があります。

2 労災隠しの疑いのある行為

会社から、以下のような発言があった場合には、労災隠しがなされる可能性が高いためご注意ください。

(1)治療費は会社が負担するから内緒にして欲しい

労災隠しは法令違反行為です。
会社が費用負担してくれるのであれば問題ないと思われがちですが、治療の終了時期を巡りトラブルとなるなど会社が治療費を全額負担してくれない可能性もあります。また、同要請に従った場合労災隠しに加担したと判断される虞もあるため注意が必要です。

(2)労災保険が降りるのは正社員だけであり、パートやアルバイトには保険が降りない。

労災保険の加入義務はパートやアルバイトを含めた全従業員に対してであり、パートやアルバイトであっても労災保険を利用することができます。

(3)こんなの労災と認められない

労災か否かの判断は会社が行うものではありません。

(4)従業員が少ないため労災保険に加入していない

労働者を1人でも雇っている事業主は、労災保険の加入手続を行わなければなりません。本当に労災保険に加入していないのであれば、そのこと自体問題ですが、その場合でも労働基準監督署へ報告すれば労災保険の支給を受けることができます。

3 労災隠しをされた場合のデメリット

労災事故が発生した際、会社に安全配慮義務違反などが認められた場合には労災保険給付とは別に会社に対して損害賠償請求を行うことが可能です。

その際、会社の安全配慮義務違反の証拠資料として労働基準監督署による労災認定の判断書や事項状況報告書などが非常に有益です。もしも、労災隠しをされた場合にはこれらの資料を入手することができないため、労災事故の態様や原因がわからず会社の責任を追及することが困難となる虞や場合によっては労災事故の発生そのものが否定されてしまう虞があります。

また、労災事故が発生した場合、被災者は労災保険により治療費を負担することなく治療を受けることができ、また休業補償給付や障害補償給付など種々の保険給付を受けることができます。労災隠しをされた場合にはこれらの給付を受けることができなくなる虞があります。たとえ、会社が労災保険に代わり治療費などを負担する旨主張した場合であっても、自己の負担額を軽くするために「大した怪我じゃないからこれ以上の治療費は払わない。」「後遺障害なんて大げさだ。」などとして労災保険を下回る補償しかなされない可能性も否定できません。

このように、労災隠しにあうと被災者は多大な不利益を被りますので労災隠しの疑いがある場合には速やかに弁護士へ相談されることが重要です。

4 労災隠しをされた場合の対処法

労災申請は、会社に協力してもらって行うのが通常ですが、会社が労災隠しを行い協力してくれないときは、被災者者本人が対応する必要があります。

(1)労働基準監督署に相談する

労働基準監督署は、労災隠しに対しては非常に厳しい態度で臨んでいるため、会社に労災申請をしてもらえない場合は、まずは勤務先を所轄する労働基準監督署に事故状況や会社の事後対応を伝え相談してください。

労災申請の書式には、「労災の発生、原因」に関する会社の押印欄(事業主証明)がありますが、労働基準監督署へ事情を話せば会社の押印がない被災者からの申請であっても受理してもらえます。

(2)労災指定病院を受診する

業務が原因のケガ・病気をしたときは、なるべく早く労災病院や労災指定の医療機関を受診するようにしましょう。労災病院や労災指定の医療機関以外の病院への通院も可能ですが、労災病院等への通院と異なり一旦窓口で治療費をお支払いいただき後日返金手続きを行う必要があるためご注意ください。

会社から「労災として扱わない。」「労災保険は使えない。」」と言われたため病院に行かない方がいらっしゃいますが、病院に行かなかった場合には負傷の事実自体を証明することができない虞や負傷の程度が軽いと判断される虞があります。また、労災事故発生と通院開始までの期間が10日以上空いた場合などには、労災事故による負傷であるのか否かに疑いが生じ、治療費の支払が認められなくなる虞があります。

そのため、全く症状がなく無傷な場合には問題ありませんが、少しでもお身体に異変がある場合には速やかに通院することをおすすめします。

なお、労災事故による通院に関しては健康保険は利用できず労災保険を利用する必要がありますのでご注意ください。

(3)健康保険から労災保険へ切り替える

労災保険申請が間に合わなかった場合や労災隠しに応じてしまった場合など、労災であるにもかかわらず、健康保険を使って病院を受診していた場合は、途中からでも健康保険から労災保険に切り替えができるかどうか、病院に相談してください。

病院での切替えが出来ない旨言われた場合には、加入している健康保険組合(保険者)などに治療中のケガ・病気が労災であることを申し出ましょう。健康保険組合等から後日送付される医療費の返還通知書に従い指定された金額を返還し、その後、所定の様式に記入のうえ、返還額の領収書と今まで病院の窓口で支払った金額の領収書を添えて労働基準監督署に請求してください。

© 弁護士 西川 雄介(佐野総合法律事務所所属) – 弁護士による労災事故相談室